アニメの嘘:逆襲のシャア編

逆シャアの隕石返しを読んで、そんな馬鹿なと思ったんだが反応を見ると思いの外、納得してる人が多くてびびる。何の話をしているのかというと、アニメ作品へのつっこみとしては古典に属するであろう「アムロさん、押す方向間違えてるよ問題」についてである。

映画『逆襲のシャア』のクライマックスシーンで、νガンダムアクシズ(の後半分)の落下を阻止すべく、アクシズの進行方向からその運動に逆らうようにアクシズを押す。図にするとこれ。

ピンク色の線がそのまま放っておいた場合のアクシズの落下軌道。で、画面上の描写ではνガンダムは図中Aの矢印の方向にアクシズを押しているように見える。しかし、その方向に押してしまうと、仮にアクシズの軌道に何らかの影響を与えられたとしても、その影響は落下を阻止するのではなく早めるように作用するはずであり(図中赤の線)、落下を阻止しようとするならアクシズを後ろから押してやるべきである(図中Bの矢印, 黒の線方向へ軌道を変える)、というのが「アムロさん、押す方向間違えてるよ問題」の全容である。
冒頭のtogetterでまとめられてる言い分としては「富野監督は脚本では物理法則を意識して押す方向を考えているが、絵ヅラが悪いからあの絵にしたんだ。脚本(セリフ)では後ろから押した事になっている」というものである。アムロが後ろから押している事を示しているセリフとして挙げられているのは次の個所である。

メラン 「はい。前の方は地球から離脱しますが、うしろの部分が爆発でブレーキをかけられましたから」
ブライト 「軽くなって落ちないはずだ」
メラン 「アクシズを分断させる爆発が強すぎたのです」
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オペレーターA 「アクシズのうしろが加速してます」
ブライト 「モビルスーツの動き、チェック」
オペレーターA 「はい」
ブライト 「アムロ、お前はまだアクシズにいるのか?」

http://www.geocities.co.jp/AnimeComic-Pastel/3829/words_CCA.html

爆発で減速→アクシズが加速(この時アムロアクシズに取り付いてる)、故にセリフ上ではアムロアクシズを後ろから押している(加速させている)、と。
いやいやいやいや…。上の説明で「仮にアクシズの軌道に何らかの影響を与えられたとしても」と書いたが、νガンダム1機でアクシズを押したところで、軌道に与える影響は微々たるものである。ざっと計算してみると*1νガンダムアクシズに与えられる加速度は6*10^-6[m/s^2]で、1時間で39mの変位を生じさせる程度である。まあ1時間観測したら「あれ? なんか未知の力が働いてる?」と気付くかもしれないが、とても「加速してます」と断言はできないだろう。もちろん私の見積もりが適切ではない可能性も有るが、そもそも、νガンダム1機でほいほい動かせる程度の質量なら地球への影響も限定的だろうし、落下を阻止する必要もないんではないかという別の疑問がわいてくる。
結局「アクシズのうしろが加速してます」というセリフは、「地球の引力によって」と解釈するのが妥当だろうし、「アムロ、お前はまだアクシズにいるのか?」は、「まだやれる事があるのか? あきらめていないのか?」という問いだろう。

さて、ここまででセリフと画面上の描写に齟齬はないと述べてきたわけだが、それはそれとして。
富野監督はアムロアクシズを押す方向を間違えている事に気付いていたのだろうか?
多分監督はそんな事考えもしなかったのではなかろうか。私がはじめてアムロアクシズを押す方向がおかしいと気付いた時にはそう思った。そもそも『逆襲のシャア』の力学的な考証は上述の場面以外でもいい加減に見える。ロンド・ベル隊がアクシズ内部に爆弾を仕掛けてぶち割る作戦も、劇中で意図は説明されるものの、なぜそれでアクシズが落下軌道からそれると考えられるのかは謎だ。だから劇中の物理学的なセリフはそれらしさを演出するため以上の意味はないのだろうと私は考えていた。
一方で、よくよく考えてみるとメカもの宇宙ものを作ってる人間が、こんな初歩的な間違いをするだろうか、という疑問も当然である。監督はもちろんアムロアクシズを押す方向がおかしいと気付いていた。しかし劇中で描かれるアクシズの落下は現実的・物理的な地球への脅威であるとともに、人間が引き起こす避けがたい悲劇・災厄の象徴でもある。もし物理的に正しく描いてしまうと絵ヅラ的に抗っているように見えない。だから物理的な正しさをあえて無視したのではないか。
しかし、だとすると…。そうだとすると、「ならば、今すぐ愚民どもすべてに英知を授けてみせろ」とシャアに言わせてる作品のクライマックスシーンで、監督はあえて、アムロに直感的で分かりやすくしかし間違った方法を観客に提示させた事になる。いくらなんでも皮肉が効きすぎてるんではないか。

*1:νガンダムの推力:100,000kgf(wikipediaより), アクシズ後半部の質量:1.6*10^11kg=500m*500m*500m*2.6[g/cm^3]*1/2(大きさは全く適当。小さめに見積もったつもり。密度は「小惑星 密度」でググって最初に出てきた値。1/2はアクシズ内部の開発され具合を適当に推定)